急成長「スキルのフリマ」が社会にもたらす価値とは by Bizコンパス

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政府がフリーランス支援を打ち出し、大手企業が副業を解禁するなど、日本人の働き方、社会のあり方が大きく変わりつつある。これまでは大企業中心で流動性が低く同質性の強かった社会が、個人が多様なスタイルで、個性を発揮して生きられる社会へと変化し始めているのだ。

そのような流れとともに、個人間取引やシェアリングサービスの普及も広がっている。個人が得意なことを売り買いできる、スキルのフリーマーケット「ココナラ」もその一つ。現在の登録会員は約80万人、取引成立件数は200万件以上。2012年のサービス開始以来、着実に利用者を増やしている。

“一人ひとりが「自分のストーリー」を生きていく世の中をつくる”というビジョンを掲げるこのサービスは、いかにして生まれたのか。創業者であり、代表取締役を務める南章行氏に話を聞いた。

常識に縛られず、正しいと思ったことをやれ

南は名古屋市で生まれ、ごく普通の幼少期を過ごした。だが小学2年生のとき、「ひとりメーカー」のような事業をしていた父親から言われた言葉が、今でも忘れられない。

“先生の言うことなんて聞く必要ない。お前が正しいと思ったことをやればいい”

「当時、先生は自分にとって絶対的な存在だったので、ショックでした。でもこの言葉の影響で、僕は権威や常識にとらわれず、自分の頭で考え、自分が合理的だと思うことを貫く生き方をするようになったのだと思います」

何ごとも目的から逆算し、最も効率的な方法を考え、最短距離を歩む。南はそんな合理的な人間だった。先生から与えられた宿題も、自分がやる意味がないと考えれば、まったくやらなかった。大学受験も1校に絞ったほうが合格しやすいと考え、慶應大学経済学部だけを受験し、現役で合格した。

大学卒業後の就職先には、“経済の根幹であるお金を握っているから”という理由で銀行を選んだ。

「ちょうど就職活動をしていた時、金融危機が起きて山一証券が自主廃業しました。銀行で企業再生に関わることで、リストラされていく人を救えないものか。そんな思いもありました」

しかし当時は、銀行自体の経営状態が苦しく、自分たちが生き残るのに必死だった。南が企業再生にかかわるチャンスは少なかった。そんな時、ある専門誌で、日本にも企業買収ファンドが誕生したことを知る。「これだ!」と思った南は、日本で立ち上がったばかりの投資会社「アドバンテッジパートナーズ」へ転職する。

「主要メンバーは20代後半から30代前半で、日本のトップエリートが集まっているような会社でした。仕事は滅茶苦茶ハードでしたが、業界が新しく立ちあがり、一番伸びている時期だったので、みんなものすごく仕事に意欲的でした」

資本市場に大きなインパクトを与えられる仕事に、南は大きなやり甲斐を感じた。29歳のときには、大手飲料メーカーのポッカ(ポッカコーポレーション、現ポッカサッポロフード&ビバレッジ)を買収。業績改善し、2年で利益は数倍になった。自分が取り組んでいる仕事が、日経新聞のトップに掲載される。そのダイナミックさに、寝食を忘れて働いた。まさに熱狂の時代だった。

これからは会社のなかに閉じこもっていたらまずい

その後、南は会社を一年休んでオックスフォードへMBA留学をする。いずれヨーロッパのカントリーマネージャーとなるため、ロンドンで人脈を築こうと考えたのだ。経営者としての価値観、プリンシプル(原理・原則)を磨きたいとの思いもあった。

「経営とは、論理的に何か答えを導き出すことではありません。論理で導き出せないもの、何かの信条に基づいて、決断せざるを得ない瞬間が必ずあります。そのとき、寄って立つもの、プリンシプルが必要です。MBAで膨大なケーススタディを繰り返すなかで、自分のなかにそのような軸をつくれるのではないかと思いました」

オックスフォードでの学びを通し、南は改めて“論理は感情に勝てない”こと、“経営者にとって最も大切なのは志や情熱”ということを再認識した。

オックスフォードは社会起業コースに力を入れており、ビジネスの仕組みを活用し、貧困や紛争など世界が抱える社会課題を解決しようと考える学生が集まっていた。そんな学生から刺激を受け、南も“日本の未来、若者のために何かをしたい”と思うようになっていった。

そんな時、現地でアイルランドのNPOが実施していた、音楽による社会教育プログラム「ブラストビート」を知る。“音楽とビジネスで若者を変える”というコンセプトに共感した南は、その支援に携わる。帰国して復職すると、同NPOの日本法人を立ち上げた。さらにオックスフォードで知り合った仲間とともに、本業のスキルや知識を活かして様々なNPOを支援する「二枚目の名刺」というNPOも立ち上げた。

「これらのプロジェクトを通し、これまでの仕事では出会わなかった人と知り合い、大きな刺激を受けました。視野が広がり、ネットワークも増えました。自分の能力を活かして、世の中に貢献することの喜びも知りました。これからは会社のなかに閉じこもっていたらまずい、と強く思うようにもなりました」

起業にリスクなし。創業者は何歳になっても働ける

NPO活動を続ける中、南は“自分たちは100歳まで生きる可能性があり、80歳まで働く人生設計が必要なのではないか”と考えるようになった。同時に、今の自分のスタイルのまま、ファンドの世界で一流であり続けることに、限界を感じ始める。

「ゼロベースで、未来志向でキャリアを見つめ直した結果、80歳まで確実に自分らしく働ける人は、事業をつくった人だと思いました。成功した創業者のまわりには、人も金も情報も集まります。創業者ならどんなに年をとっても、自分のスタイルを維持しながら、社会に貢献できると思ったんです」

南がこう考えるようになった背景には、同時期、東日本大震災のボランティアにも参加し、“人は生きているだけでありがたい、死にさえしなければどんなことでもできる”と思うようになったことも大きい。

「たとえ起業に失敗しても、命までとられる訳ではない。それに、今は大企業が新しい事業を生み出せずに苦しんでいるので、新しい事業をつくった経験は貴重なはず。失敗しても、きっとどこかの会社が雇ってくれるだろう。そう考えると、起業には何のリスクもないことに気づいたんです」

南は会社を辞め、共同創業者とともに3人で起業する。当初の事業内容は、震災でいのちの大切さを痛感したこともあり、ヘルスケア事業を行うつもりだったが、この分野は障壁が多く、準備段階で頓挫する。

しかし、ヘルスケア事業の準備段階で、ある栄養士に対して行ったインタビューで「病院の外でも自分の知識を活かしてアドバイスしたいけど、そのための場がない」と語っていたことが心にひっかかった。これに、共同創業者の1人が「これからはスキルや無形なものをネットで誰もが簡単に流通できるようになる」と語っていたことを組み合わせて、ココナラのサービスを思いついた。

「自分の得意なことを活かしてもっと人の役に立ちたい。多くの人がそう思っていますが、そのための場がないため、宝の持ち腐れになっています。

個人が持っているスキルをネットで流通させ、それを必要とする人に売ることはできないだろうか。そうすれば誰もが、自分が得意なこと、好きなことで生きて行ける。会社や組織に縛られず、自分のストーリーを生きることができる。そんな思いから、ココナラは生まれました」

「ココナラのおかげで人生が変わった」

事業をココナラ中心で進めることは決まったが、しばらくの間は修羅場が続いた。共同創業者の3人は、それぞれ金融、IT、製薬会社出身と畑が違う。使う言葉も、仕事の進め方もまったく異なっていた。それでいて3人とも我が強い。1年半くらいは喧嘩の日々が続いた。ミーティングでは怒声が飛び交い、何度もチーム崩壊の危機があった。

「常に“もう誰かが辞めるしかない”といった緊張感のなかで仕事をしていて、地獄のようでした。僕らのアイデアに共感してくれる投資家もなかなか見つからず、資金繰りも大変でした」

何とか投資家が見つかり、初めて給料を出せたのは、3人とも生活費があと2か月分という状態の時だった。その後、事業は順調に伸び、現在では社員50人を抱えるまでに成長している。

「僕が事業をしているのは、結局のところ、僕という存在によって影響を受ける人を増やしたいからなんだと思います。だからココナラの社員が増えることは、単純にすごく嬉しいです。ユーザーに“ココナラのおかげで人生がこんなに変わった”と言われること、社員が活き活きと働く姿を見ることほど嬉しいことはありません」

ココナラでは会社設立以来、毎年社員合宿を行っている。社員が増えたら、バスで合宿に行くことが南の夢だった。その夢が実現したのは、会社設立5年目のこと。湯河原へ向かうバスのなかで、南は社員らとビールを飲みながら、かつてないほどはしゃいだ。

「夜の食事の前の挨拶では、浴衣姿の社員の姿を見て、感極まって涙ぐんでしまって……。結局、何も言えずに乾杯だけしました(笑)」

南が採用において重視しているのは、その人が“ココナラのビジョンにどこまで共感しているか”の一点に尽きるという。

「面接では、小中高校から大学時代の過ごし方、就職など、人生の決断をどのようにしてきたかをじっくり聞き、その人の生き方やスタイルが、弊社が目指す世界観と近いかどうかを見極めます。

理想的な人材は、みんなが自分らしく生きることをすてきだと思い、周囲を気にせず、自分が面白いと思うことを頑張ってきた人。そういう人に集まってもらえれば、自分の感覚で判断しても、会社の方針と大きくずれることはない。自分ごととして、仕事に真剣に取り組んでもらえるからです」

70歳で、70歳のためのビジネスをつくりたい

今、ココナラを含むスキルシェアサービス市場は急成長しているが、同時に競合も増えている。そのようななか、ココナラでは事業は一段大きなステージへと進めるべく、昨年テレビCMを実施した。

「これからは日本も個の時代となり、自分の力で稼ぎたい、新たなことに挑戦したいと思う人が増えていくことは間違いありません。昔は個人の能力や信頼度を判断するすべがなかったので、何ごとも名の通った会社に頼みがちでした。でも今は個人の評価システムや個人間取引に多くの人が慣れてきています。さらに、働き方改革という不可逆の風も吹いています。この波に乗りながら、着実に事業を成長させていきたいですね」

ココナラの出品は、似顔絵や占い、恋愛やマネー相談といったプライベートな依頼から、HPや動画制作、独立・起業相談といったビジネス用途まで幅広い。当初、販売価格は500円均一で、“小遣い稼ぎ”的なイメージがあったが、今では上限50万円までとなり、本業やビジネスで活用している人も多い。

このような状況に対応し、サービスの品質や評価、実績が優れた人物を「PRO認定」する制度もスタートさせた。現在では、プロのデザイナーや翻訳家らも活躍できるプラットフォームへと進化している。ココナラでは今まで「テキスト(チャット)」「電話」のサービス提供手段があったが、今年の2月にビデオチャット機能も加わり、英会話や楽器のレッスン、家庭教師などの対面サービスも手軽にできるようになった。

誰もが自分の好きなこと、得意なことを活かして、「自分のストーリー」を生きられる。そんな世の中を目指すココナラの挑戦は始まったばかりだが、南自身は、自分の未来についてどのように考えているのだろうか。

「ココナラは、自分がやりたいことと、会社などから求められることの乖離に悩み始める30代の僕だったからこそつくれたサービスです。40代には40代の、50代には50代の悩みや苦しみがあり、年齢に応じて、それまで見えていなかった世界が見えてくるはずです。

だからできれば、10年に1回くらい、その年代の人の心をつかむ大きなビジネスを立ち上げたい。そして70歳になったとき、70歳による70歳のためのビジネスをつくれたら面白いだろうな、と思っています」

参考:急成長「スキルのフリマ」が社会にもたらす価値とは | Bizコンパス -ITによるビジネス課題解決事例満載!


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